年4回の定例議会と7〜8月に開かれる臨時議会の概要を報告します。
「民報かこがわ」で詳しく報告しますので、そちらもぜひ、ご覧下さい。
小泉政権の標榜した「改革」なるものは、国民に痛みを押し付け、その犠牲で財界と大企業に利益をふるまう奉仕だったことが5年後の今日、痛切な痛みを伴って実感されつつあります。後継内閣の安倍政権の本質は、これを引き継ぐものでさらなる痛みが国民の上に押し付けられようとしています。それは、わが国をアメリカとともに戦争する国に変質させる憲法改悪のたくらみと一体のものであり、現憲法と真っ向から衝突する暴挙であります。この暴挙は破綻を免れることはできないものですが、その災厄から国民の生命と暮らしを守ることは政治に関わる者の責務であります。そうした観点から今問われるべき課題における市長と教育長の政治姿勢を質問してまいります。
自民党は大企業と大金持ちには減税し多くの国民には増税を推し進めてきました。年金控除の縮小、老年控除の廃止、住民税非課税枠の廃止、配偶者控除の縮小など課税最低限の引き下げは低所得者と年金だけが頼りの高齢者に耐え難い痛みを押し付け、公明党が主導した定率減税の半減に続く廃止は一部の大金持ち以外すべての国民に増税をもたらしました。一方、大企業には消費税導入以来17年で約165億円もの減税が行われました。国民がこの間に負担した消費税の総額に匹敵するもので、国民の負担で大企業の減税を行ったことを物語ります。大金持ちに対しては例の一つを紹介しますと、申告所得100億円超の7人で200億円の減税がなされました。証券優遇税制がもたらしたものですが、こうした大企業と大金持ちに応分の負担を、せめて20年前の水準の負担を求めれば多くの国民の負担ははるかに軽減できます。しかし、自民・公明の与党はもとより2大政党を標榜する民主党もこうした税制のあり方をただす考えはありません。これが政府の「改革」の本質の一つであります。
そして、もう一つの国民いじめが社会保障の連続改悪であります。介護保険の負担増、高齢者だけを対象とする健康保険による負担増、母子家庭への助成切下げ、障害者自立支援法による障害者福祉切捨てと枚挙に暇がありません。
国民の中に、格差が拡大し貧困が増大している原因がここにあります。万葉の歌に「貧窮問答」歌があり、石川啄木は「働けど働けどわが暮らし楽にならざり」と謳いましたが、そうした歴史を踏まえ、政治の役割は国民の貧困化を防止し、希望の持てる豊かな暮らしを進めるものでなければならないということが原則になりました。自治体として当市の施策に求められるものであります。そこで、以下質問します。
1)住民の貧困化の把握と対応について
私は、この壇上で昨年も同様の質問をしました。その際は住民の貧困化の現状について十分なご認識を伺えませんでした。その直後に経済協力開発機構OECDが日本に対する報告書を出しています。わが党の志位委員長が先の国会代表質問で取り上げました。そのOECD報告は全世帯の所得の平均の半分以下の所得の世帯を貧困世帯としています。夫婦と子ども2人の世帯では240万円以下が貧困層になり、その比率は15%近くになります。働いている一人親の世帯では貧困ライン以下で暮らしている子どもたちが60%近くにもなるということです。さきごろ給食費の滞納にマスコミなどはバッシングを浴びせましたが貧困世帯で暮らす子どものことに思いの及ばないことではありませんか。
当市の住民の貧困化の把握について市長のご見識と、その対応についてお聞かせ下さい。
2)政治責任と「自己責任」論について
自己責任論なるものはアメリカのイラク侵略戦争の初期にイラクの住民の困苦を助けて現地で活動していたボランティアの人々が自衛隊派兵のあおりで現地武装勢力に拘束された事件が発生し、その際にこれらボランティアの人々に投げつけられたのが最初だったと思います。当時の小泉首相が口にして一気に広がりました。この小泉首相の言動は、国民の安全を守る政治責任を投げ捨てて国民に責任転嫁したものであり許しがたいものです。
こういう姿勢は国民の暮らしや福祉、教育の面でも同様でありました。先に述べた社会保障の連続改悪はこういう立場から行われました。これをマスコミも「改革」と持ち上げましたが、その結果が今日の格差拡大と貧困増大の根本原因であります。そこで、市長のご認識を伺います。今日、国民が格差拡大と貧困化に苦しんでいるのはそれぞれの国民の自己責任なのかそれとも政治責任なのか。どのようにお考えかお聞かせ下さい。
3)社会保障・福祉と雇用の充実について
文明国、先進国では格差拡大と貧困化を防ぐために、応分負担を原則とする税制と社会保障・福祉の充実を当然としてきました。わが国の戦後政治も不十分とはいえそういう方向を向いていました。しかし、長く続いた自民党政治はこれに抵抗し続けついに小泉政権に至って逆転しました。安倍内閣はその逆行路線を継承し一層拡大しようとしています。
しかし、僅か5年余りでそのもたらす被害は「ワーキングプア」問題などとして表面化しました。格差拡大と貧困化を防ぐ上で社会保障と福祉はもっと機能するよう充実すべきであります。青年の雇用の抜本的解決をはじめ、雇用問題の是正もそうした観点から求められます。国民の世論におされ政府も企業に非正規雇用から正規雇用への転換を求める立場を示すようになりました。ところが、公共的な自治体で働くルールが確立されていない問題を指摘せざるを得ません。いわゆる臨時職員の処遇もその一つであります。総合文化センター図書館で10年以上も働いてきた人たちが市の都合で解雇されるということは雇用の改善を求めるべき市としてあってはならないのではありませんか。そもそも市の臨時職員採用のあり方に問題があるのでありますが、その矛盾を働いてきた人に押し付けるやり方はやめるべきであります。社会保障・福祉と雇用の充実についての御所見をうかがいます。
私は昨年12月22日に行われた教育基本法の全面改訂を憲法の理念に反する改悪と見ています。やらせタウンミーティングまでして改悪された教育基本法がもたらす諸問題から子どもと教育の理念を守るために当市の教育行政について質問するものであります。
1)憲法の理念に背く内容について
改悪された教育基本法が憲法の理念に背く内容をはらんでいることについての認識をお聞かせいただきたいと思います。まず前文で「日本国憲法の理想の実現は根本において教育の力に待つべき」という文言を削除しました。教育基本法の大事な理念を削除し憲法との関係では単に「憲法の精神に則り」と抽象化しました。その上で「真理と平和を希求」を削除し「真理と正義を希求する」に変えました。平和を削除し正義に入れ替えたのであります。正義の希求自体は必要ですがここでは平和を削除したことに留意すべきです。それは「公共の精神」「伝統の継承」など付け加えられた言葉とともに、権力者に都合のよい愛国心を子どもたちに押し付けるテコになる要素を構成しています。義務教育の期間の削除、男女共学の条項の削除、教師を国民全体の奉仕者とする文言の削除なども懸念が上がっています。一体、これまでの教育の諸問題はどこに原因があったのか。なぜ教育基本法を変える必要があったのか。改悪前の教育基本法に教育の諸問題の原因があったのでなく教育基本法の理念を行政が踏みにじってきたことこそ諸悪の根源ではないのか。私はわが国政府の教育行政について憤りを隠せない思いです。御所見をお聞かせ下さい。
2)全国一せい学力テストがはらむ諸問題について
文科省が「全国学力・学習状況調査」について学校の設置管理者に協力を求めています。いわゆる全国一せい学力テストであります。これは協力要請ですからこれに応ずるか否かはそれぞれの学校設置管理者、当市では市教育委員会の判断が求められます。そこで、まず初めに当市の教育委員会はどういう協議をなされ、どういう態度決定をなされたのか教育委員長にお聞きします。
次に、全国一せい学力テストのはらむ諸問題についてであります。この調査はベネッセやNTTなど民間会社に委託されて行われますが、調査項目には児童への質問として子どもの全生活と家庭の状況などすべてのプライバシー情報があります。個人情報が民間企業に提供されることになります。たとえば、塾に何日通っているか、どんな習い事をしているかなどもありますがこれらの情報が委託を受ける会社に把握されるわけです。どちらも受験を利益対象とする事業を営んでおり、これに利用される可能性は大であります。
フランスの詩人ルイアラゴンは「教えるとは希望を語ること。学ぶとは誠実を胸にきざむこと」と謳いました。梁塵秘抄には「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん」という歌があります。私たちの子ども感、学力観を改めて問い返さねばなりません。
子どもは本来、好奇心のかたまりであり学校大好き勉強大好きが本質であります。それは貧しい途上国の子どもたちの学校へ行きたいという希望の切実さでも明らかです。何故、わが国の子どもたちが学校嫌い・勉強嫌いにさせられているのか。ここに教育行政としての反省なくして何の学力テストか。行政の都合のものでしかないのではありませんか。
全国一せい学力テストを拒否した犬山市の判断に敬意を示し、当市の教育委員会が適切な判断で文科省調査の協力を見合すよう求めて御所見をうかがいます。
3)旧教育基本法から変化削除された理念の重要性について
旧基本法は前文で「日本国憲法の理念の実現は根本において教育の力に待つべき」としていましたが、これが削除されています。しかし、この理念は大変重要なものであります。
教育基本法が憲法の理念を実現させる崇高な役割を果たすものという規定を削除したのは、教育基本法を改悪した勢力が憲法を改悪しようとしているからであります。教育の理念を貶め国家権力の都合のよいものとすることは、戦前の教育の国家支配に通ずるものであります。この懸念は「日の丸・君が代」愛国心を教育現場に持ち込み職務命令で踏み絵にして絶対服従を強いる事態が生まれていること。これについて裁判所が憲法の番人たる責任を放棄していることを見れば決して杞憂といえないものです。
チャップリンは「今日の悪魔は愛国心である」と警告しています。愛国心は正義の名で戦争を行うことにつながります。旧教育基本法の理念について御所見をお聞かせ下さい。
神戸製鋼加古川製鉄所で大気汚染防止法違反が30年近くにわたって隠蔽されデータが改ざんされていたことは多くの住民に大きな衝撃を与えました。同様のデータ改ざんは全国で発生し製鉄、電力、石油化学などで露見しました。食品会社の不正、自動車会社の安全ゴマカシも露見しました。民間活力論の浅薄さが露呈したわけですが、環境と健康という国民の暮らしの根本に関わることであり、住民の健康と安全、暮らしを守る任務を果たすべき自治体の役割の自覚が求められます。
1)大気汚染の監視と調査の徹底について
大気汚染防止法違反とデータ改ざんを許した責任は行政にあります。主管は兵庫県であり、県当局の責任は重大であります。同時に、市の責任も免れません。今回の教訓は市の独自の努力を求めており、市内の環境と住民の健康の本格的な調査を改めて求めるものであります。さらに、アメリカ等でも明らかにされている微細浮遊粉じんの害について積極的な調査を求めるものであります。PM2.5と呼ばれる微細な粉じんは呼吸器内部に侵入し肺にも害を及ぼすおそれが指摘されています。測定対象の拡大と立ち入り調査の強化および市内環境と住民の健康調査にすすむお考えは無いかお答え下さい。
2)大気汚染医療助成の創設について
公害健康被害補償法に基づいて全国で41の地域が指定されるなどの中で大気汚染医療助成制度がつくられました。1988年3月に「公害は終わった」という宣伝で地域指定は解除されましたが継続されているところがあります。兵庫県内では尼崎市と神戸市で行われています。当時から対象を硫黄酸化物だけにしていることに批判があり窒素酸化物も対象にすべきとの意見が日本弁護士連合会などからもありました。
先進国では近年、広範な疫学的調査で従来の基準では環境と健康が守れないため、新たな基準を設定しつつあります。わが国もようやく遅ればせながら専門家の指摘や被害者などの運動の中で環境基準の見直しに着手しつつあります。そうした経過はご存知と思いますが、当市の場合、子どものぜん息被患率は全国および兵庫県の平均の2倍というデータもあり、大気汚染と健康の関連が疑われるところであります。大気汚染医療助成制度の創設をはかるべきと考えますが御所見をお聞かせ下さい。
3)播磨臨海地域道路建設計画の環境への負荷について
市長は施政方針の中でこの道路建設計画を積極的に推し進めると表明されています。この事業は総額4000億円に上るといわれており、当市の負担はどうなるのか、まず、それを明らかにしていただきたいと思います。その上で、当市の環境への負荷の増大、環境悪化をどのようにお考えかお聞かせ下さい。神戸製鋼などの工場と高速・高規格道路による大気汚染はもはや限界を超えているではありませんか。きれいな空気で暮らしたいというささやかな市民の声に耳を傾けるべきではありませんか。新たな環境基準でPM2.5などの規制が行われれば当市の環境はこれら基準を超えていると思われます。御所見をお聞かせ下さい。
低層住宅に近接して高層マンションや24時間営業のガソリンスタンドが建設され地域住民から悲鳴が上がっています。これらは国の政策に根源がありますが自治体として放置できません。このたびこうした開発も視野に入れた条例が提出されていますが、当市のまちづくりの現状は商工業地域と住居専用地域の区域わけなど問題点があります。また、郊外型大型店舗の出店と撤退は地域生活圏の利便性を損ない中心市街地の衰退をもたらしてきました。さらに、加古川駅南西地域の国道2号線までの現状は抜本的な対策が必要です。サンプラザビル、カピルの現状は第1次第2次の駅前再開発の総括を求めています。これらを教訓に住民参加でまちを発展させ、住んでよかったといえる町にするための課題について、これまでの反省の上に独自の規制や開発のビジョンつくりが必要と考えます。御所見をお聞かせ下さい。
食肉センターをご利用いただいている食肉産業関係の方が納入された屠畜などの使用料が私的に横領されたという疑いが生じ、私は市公社が委託している団体の責任者に説明を求め市としての対応をきちんとするよう求めてきました。市公社からの報告が先ごろありましたが率直に申し上げて大いに失望しました。平成15年5月から平成17年3月までの僅か2年足らずの間に使用料が1900万円も入らなかった。未収入のままだといいます。年間の屠畜使用料は約4000万円ですから、その4分の1が未収入になるという異常事態であるのに2年間も議会に何の報告もしなかったことは許されません。加古川市は食肉センターへ年間1億4000万円も財政負担をしているのであり、市民への責任は重大です。今回の処理は不透明さを深めており到底説明責任を取ったとは言えません。
報告では使用料の徴収を担当していた職員が事務を適切に行わなかったのが原因だとしてこの職員に全額弁済させるとしています。法人にせよ団体にせよその職員の通常事務のミスで損害が起こったとき、損害額を全額弁済させるというのは聞いたことがありません。そんなことは労働法規に照らすまでもなく普通は許されません。このような処置は横領疑惑をさらに深めただけではありませんか。
ところで、市公社における報告徴収に対し委託先の団体幹部は組合内のことに干渉するなとの趣旨の対応が見られたと聞きます。そうとすればこの団体との関係を見直す必要があります。食肉センターの運営を見直し経営分離を含め独立採算も考えるべきと思いますが御所見をうかがいます。なお、本件に絡んで3年前に私が一般質問で取り上げたBSE牛肉買い上げ事業における疑惑について新たな証言を得ています。本件の不透明な処理の背景をなしているとも言われており、現在調査中であります。結果によってはさらなる追及をしたいと考えていることを申し添えます。
兵庫県後期高齢者医療広域連合議会が3月29日に招集されるに際して当市でも議員選挙が行われることになりました。市町で各1人というのは住民の意見反映という点で不十分と考えます。この医療制度は75才以上の高齢者をすべて独自の保険制度に移し、これまで扶養されていた方も保険料を負担させられます。介護保険と同様のシステムであります。年金から平均6000円も毎月保険料が天引きされる。医療によっては保険適用から外され、医療費も制限されて医療を受けられない事態となることも懸念されています。
高齢者からは「年寄りは早く死ねということか」とお怒りの声が上がっています。この制度が来年には実施されますが、これについてどのようにお考えか。その対策について御所見を
お聞かせ下さい。